グランプリ受賞!生徒が教師を変えてくれた。6年の試行錯誤。聖心学園中等教育学校 谷浦 弘員先生
谷浦 弘員(たにうら ひろかず):聖心学園中等教育学校教諭。大阪教育大学卒業。奈良県生まれ奈良県育ち。何事からも面白さを見出し、その好奇心が生徒に伝播していくことが、教育の本質的な一側面と考えている
生徒も教師も探究学習を楽しんでいる学校は各地にあります。でも最初はどこも、様子見から始まります。
「生徒たちが、自分たちの発表を他学年の教員にも聞かせて『どうだ、どうだ』と助言を求め、我々を巻き込んでいったんですね」
こう振り返るのは、聖心学園中等教育学校(奈良県)の谷浦弘員先生。探究大好きな生徒の高い熱量に影響を受けながら、先生たちも前のめりになっていくその様子、6年のリアルな試行錯誤も含め、語っていただきました。
日本最大級の探究学習の祭典「クエストカップ2022 全国大会」は全国の中高154校の4098チームが応募、審査を通過した261チームが参加しました。聖心学園中等教育学校から出場したチーム「SPビーンズ」の作品は企業探究部門でグランプリを受賞。同校は、2016年度から、教育と探求社の探究学習プログラム「クエストエデュケーション」のコーポレートアクセスを導入しています。
教員が前のめりになった瞬間
同校がクエストエデュケーションを初めて導入したのは2016年。当時はまだ、探究学習という波に乗れなかった先生もいたそうです。
谷浦:導入したばかりのころは、進路部長がファシリテートして授業を進め、その様子を担任が後ろから眺めている、そんなスタートでした。当時は「知識偏重型教育」の意識がまだ強く、教員も探究学習にやや消極的な印象がありました。
ただ幸いなことに、1年目にして「クエストカップ全国大会」に出場するチームが出ました。チームに同行して東京へ行った担任の教員が、すごくいい顔をして帰ってきたのです。全国の先生方との出会いに刺激を受け、探求する生徒や先生を目の当たりにして、担任は大きく心を揺さぶられたのです。
教員を変えたのは、生徒たちのパッションでした。
谷浦:2年目からファシリテーションは担任がやることにしましたが、経験のない先生がイチから取り組むので、やはりどう関わればいいか感覚がなかなかつかめませんでした。
ただ、2年目も幸いなことに全国大会に出場し、3年目には初めてグランプリを獲得しました。この過程で生徒とともに教員もクエストの楽しさが分かってきて、のめり込んでいきました。
とくに3年目の全国大会でグランプリを受賞したチームの生徒たちが、自分たちの発表を他学年の教員にも聞かせて「どうだ、どうだ」と助言を求め、我々を巻き込んでいったんですね。ここで教員側がクエストに一気に馴染んでいったのです。
4年目以降は教員も経験を重ねて、ティーチングするというより、生徒の横にいて一緒に考えるスタイルへと変化し、いまや教員も生徒も自然体でクエストを受け入れている、というのが現状です。
「どうせできない…」と言う生徒が変わるとき
全国大会へ出場するチームがいる一方で、どうせ自分には才能がない…自分は変わらないと思い込む生徒たちもいた、と谷浦先生は振り返ります。
谷浦:2、3年目になると、全国大会で輝く先輩に憧れた生徒が、優勝を目指してメンバーを人選し、チームを結成する動きが出てきました。その裏で、意義が見出せない生徒はそのままにさせてしまったのでは、と感じていました。前向きになれる生徒と、表現できず苦労する生徒がいる状態を、なかなか変えることができず、ずっと悩んできました。
この課題に光をさしたのも、生徒たちでした。
谷浦:ようやく、5年目、そして6年目の2021年度には、スタートの段階から多くの生徒たちが、やればできる!と感じられるようになりました。
探究学習をやる意義を見いだした生徒の変化はものすごいです。クエスト導入から6年間という時間軸で見たときに、どうせできない……と思い込んでいた生徒が、前向きな生徒たちに引き上げられる格好になった。その意味で、すごく価値が高かったのではと、考えています。本校としても、大きな成果と収穫でした。
探究学習のいわゆる「教師が教えない」、教えないというか、僕も分かりませんから一緒に考えるしかないので、結果的に教えていないんですが、この法則に、多くの教師が変わることができたと思います。
探究学習で教員に求められるものは、教師が自分ごととして楽しむことだと谷浦先生は断言します。
谷浦:確信しています。先生方自身が楽しまないと、生徒たちにも伝わってこないんじゃないか、と。そういった意味では、本校ではこの6年間を通して、多くの教員が楽しむことを経験しました。
チーム編成はクラスを超えて偶発的に
「コーポレートアクセス」は、企業が出すお題(ミッション)にチームで取り組みますが、チーム作りの方法は、多くの先生が頭を悩ませるそうです。
谷浦:千葉県立東葛飾中学校の事例では、3コマの授業時間をかけて企業をじっくり選び、生徒同士がヒッチハイクをするかのように徹底的に話し合いながらチーム作りを行うとお聞きし、大変参考になりましたが、私の方法は逆です。生徒が自分自身で企業を選んだあとは、クラスを超えて、偶発的にチームを編成しました。
チームに男1人だけ、女1人だけのパターンが生じたり、日頃コミュニケーションを取ったことのない生徒同士の組み合わせで、はじめから円滑には進みませんが、雑談しながら、徐々に肩の力が抜けて、チームがひとつになっていく様子が見られました。
クラスを超えたチームで協働する経験は、文化祭や体育祭などクラス単位での取り組みとは違う価値があったと、谷浦先生は振り返ります。
谷浦:例えば今回、吉野家のミッションを選んだチームの中に、自分以外は全員男子、しかも全員違うクラス、というチームに入った女子生徒がいました。彼女はチーム発表時「私は最後のクエストを、全力でやりたかったのに!」と泣きながら訴えていました。でも翌週には、普通にメンバーと話し合いができていたので、すごくほっとしたのを覚えています。
生まれる絆はかけがえのない価値
ここで谷浦先生は、探究学習に取り組んだ生徒の変化を紹介してくれました。
谷浦:学年ごとに比べると、5年生(高2)の変化が顕著です。この生徒は、4年生では「仕事をしない人に仕事を与えること、強制的に押し付ける」とコメントしていて、「やらされてる感」が文章からにじみ出ています。ところが5年生になると「話していくうちに打ち解けていき、全員が自身のアイデアをためらわずに出せた」と自発的な言葉に変わり、生徒間の絆が構築されていることがうかがえます。
谷浦:この生徒は、チームでのリーダー的役割を担っていました。変化は象徴的です。「リーダーとして今回は仕事が少なく楽に終わらせられた」から、「プレゼンが苦手なメンバーが、堂々と発表できるようになって本当にうれしかった」へと変わっていました。自分のことよりも、他のメンバーの成長への喜びの経験は、かけがえのない価値だと思います。
文化祭や体育祭では、得意な子にスポットが当たりますが、探究学習では、苦手な子も全部ひっくるめてスポットを浴びますから、一人ひとりが自信を持って成長していくんですね。
何のための探究?導入の理由、ブレるべからず
これから探究学習に取り組む先生に、谷浦先生はこう呼びかけます。
谷浦:先生方にお伝えしたいのは、カリキュラムとして学年全体でやる場合も、希望者だけで取り組む場合も、大事なのは、何のために学校が探究学習をやるのか、その理由とスタンスをはっきりさせることだと思います。
探究学習をやってみたい生徒だけで取り組む「希望者制」でやる場合、意欲ややる気はもともとあるわけですから、深い探求ができるでしょう。一方、学年全体で取り組む場合は、生徒の間にも意欲の温度差があります。そんななかで、なかなか悩むところも多いと思いますが、中1、高1、という時期に、人間関係の構築のために導入するのも一つの手法ではないかと、勝手に思っています。
私たち教員は、「探究」という言葉のパワーに引っ張られすぎているところはないでしょうか。
「探究学習」や「総合学習」は特別なものではありません。私は、探究学習を通じて、生徒のコミュニケーションや、コラボレーションの力を向上させていけたらいいと、シンプルにとらえています。
絶対的な「主体性」のベースになるもの
谷浦先生が紹介した事例が、クエストカップ2022全国大会の企業探究部門に出場し、グランプリを受賞した「SPビーンズ」です。フォレスト・アドベンチャーが出した「『人間の本能』を刺激する山丸ごと活用プランを提案せよ!」という課題に、前代未聞のヌーディストプランを提案しました。チームのメンバーによると、このアイデアを考えたのは「シャイな子」だといいます。受賞時、彼らはこう語っていました。
「僕らは(受賞の)論外やろ、と思っていたので、びっくりしました。実は僕たち、4人中3人が超シャイなんです。途中、フォレストアドベンチャーの社員さんから、ホントにヌーディストでいいの?と何度も反対されたところを全力ではむかったんですが、ヌーディストを貫いてよかったです!エントリー直近の10月末に初めて“フォレストアドベンチャー”の山遊びを実際に体験して、百聞は一見に如かずで、そこから一気に仕上げました。迷いもあったなか、ある先生が言ってくれた、君らの企画はダイヤモンドの原石やぞ!の一言が、最後までブレない力になりました」
谷浦:「SPビーンズ」のメンバーは「ぜんぜん(グランプリ受賞の)実感がない」と言うんですよ。本校のどのチームがグランプリでもおかしくない、結果的にたまたま彼らだっただけで、みんなで喜ぶ姿が印象的でした。
「SPビーンズ」は、リーダーの生徒がシャイな生徒たちに発表の仕方を熱心に指導していました。年の近い生徒同士の影響はすごく大きい。教員に同じことを言われるのとは、受け止め方も全然違います。
大人から厳しい指摘、批判を受けても、くたばりませんでしたね。クリティカルシンキングを見事に発揮し、チーム一丸で跳ね返した!(笑)。批判する相手ともコミュニケーションを取りながら、意見を組み入れてさらに新しいものを組み入れていったのです。「課題が“本能を刺激する”やから、裸でいいやん!」と、ブレずに貫いた彼らに、教師もハッとしました。
こうした、自分たちでやってきたんだ、という感覚が、生徒たちの「主体性」につながるのだろうと思います。コミュニケーションとコラボレーションは、絶対的な「主体性」のベースです。それは間違いないと思います。
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【教師と探究学習】生徒が教師を変えてくれた。6年の試行錯誤
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