「何も教えない」が革命だった。校長が語る常翔学園の「探究」20年 常翔学園中学校・高等学校 田代浩和先生(前編)
多くの学校関係者が見学に訪れる「探究先進校」が、大阪にあります。今年創立100周年を迎えた常翔学園中学校・高等学校(大阪市旭区)。キャリア教育や探究学習などを軸にした、先進的な教育で注目されています。その流れを進めてきた一人が、この春校長に就任した田代浩和先生です。なぜキャリア教育に着目し、探究的な学びを取り入れてきたのでしょうか。この20年の学校と生徒、教師の変化を語っていただきました。今回はその前編です。
「何も教えない」が革命だった
田代:もう20年ほど前になりますが、「キャリア教育※1」が全国に広まっていました。ちょうどそのころ、私も進路指導部長になって「なるほど、キャリア教育というものが今から必要な学習体系なんだな」と知ったのです。
さっそくハローワーク梅田の「ジュニア・インターンシップ※2」に応募しました。でも、受け入れ先の事業所はたったの5カ所。うちの生徒約2000人のうち、30人ぐらいしか参加できませんでした。
でも、参加した生徒の効果が非常によかったんですね。何とか全員が体験できないものかと考えているときに出会ったのが、企業人と生徒が直接交流できる「クエストエデュケーション」です。2005年から導入しました。
当時、関西地区で導入していたのは、立命館宇治中学校・高等学校や、滝川第二高等学校・中学校ぐらいだったと記憶しています。
※1:「キャリア教育」が文書に盛り込まれたのは1999年12月、文科省の諮問機関中央教育審議会がまとめた答申「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」。「望ましい職業観・勤労観及び職業に関する知識や技能を身に付けさせるとともに、自己の個性を理解し、主体的に進路を選択する能力・態度を育てる教育」として明記された。
※2:高校生が就業体験を通じ、自分の適性や職業との関わりを考えるための事業として、2000年から厚生労働省が全国のハローワークで始めた事業。
ーー探究学習を始めて、実際どうでしたか。
田代:まず、4人の担当の先生たちだけでクエストエデュケーションを使った授業を始めました。先生は「ティーチャー」ではなく「ファシリテーター」。だから何も教えないんだ、と。現在の探究学習でも求められるそうした教師像が、当時は本当に革命的に感じました。
担任の先生たちも「これはすごいですね、未来はこんな授業になるんですね」と言ってくれて、「やっぱりそうなんだ」と確信した記憶があります。生徒にとっても、それまでの受け身の授業とは比べ物にならないほどの経験をするわけです。教室の外に出て誰かにインタビューしたり、アンケートを作って配って集めたり。アンケートを取るときに、知らない人にしゃべりかけるのが怖い、という生徒もいました。
自分から働きかけて何かを得るということ自体が、当時はすごい経験だったんです。子どもたちにとっても冒険だったと思います。
教師を変えた生徒の姿
ーーとはいえ、偏差値教育が主流だった当時、探究学習の意義を浸透させることは大変だったと思いますが。
田代:導入当初の2〜3年は苦労した時期もありました。「この授業をやって、進学実績は上がるんですか? 大学に受かるんですか?」と質問する先生も多くて。
2005年はiPadなんてありませんから、成果を披露する校内発表会前になるとどのチームも情報演習室に作品を仕上げにやってきます。そうすると、部活の顧問から「生徒が部活に来ない」とクレームもきました。
ただ、校内発表会のステージにたつ生徒の姿を見ると、担任たちが感動するんですね。「あの子がこんな立派に発表している」と。「次は自分たちが授業をしてみたい」と手を挙げる先生も出てきて、少しずつ学校が変わっていきました。
生徒も最初は、探究学習の授業を受けつけず「面白くない」という子もいました。でも楽しんでくれる子も徐々に増えてきて、そうこうするうちに「総合的な学習の時間」が「総合的な探究の時間」に変わり、文科省が「探究をやりなさい」と打ち出したことも追い風になりました。
ーーキャリア教育や探究学習の取り組みを外部に打ち出すようになったのは何年頃ですか?
田代:2008年に「大阪工業大学高等学校」から今の校名に改称したころからですね。
ーー学校そのものが大きく変わろうとする時期に重なっていたわけですね。
田代:そうなんです。まさしく重なって。
ーー探究型のキャリア教育が、変わりたいと思っている学校にフィットした。
田代:ブースターのように、加速させてくれた感じはありますね。
元々本校は、御堂筋の拡張工事や地下鉄工事が相次いだ1922年に、現場で活躍できる専門職業人を養成する関西工学専修学校が前身です。
その流れを汲んで教育理念を再構築した際に、本校の教育理念である「幅広い職業観の養成」と、当時広がっていた「キャリア教育」が重なった、という背景もあります。
それまでは「工業」が校名についていたのもあって、女子の入学は少なかったのですが、2008年の改称で「共学」のイメージがようやくできて、女子が増え、学校の人気も上がり、進学率も上がっていきました。
本校は今年創立100周年を迎えましたが、15年前の2007年、創立100周年までに「国公立大学の進学者100人を目指す」という計画を立てました。
当時、国公立大への進学者は年10人未満でしたが、クエストの浸透に比例するように、国公立大学・難関私大への進学者も増え、10年目で目標の100人を超えました。
ーー進学実績とクエストに、なんらかの関連があると?
田代:直接は関連していません。進学実績は、いろんな要因が重なった結果だと思います。ただ、意欲的な生徒が増えたのはあると思います。
クエストをきっかけに本校独自のキャリア教育プログラム「常翔キャリアアップチャレンジ」を作ったのですが、このプログラムから、生徒自身が学びをアウトプットする場がたくさん生まれて、学校に活気が出てきました。そこから「クエストをやりたいからこの学校に入りたい」という生徒が増えてきたという面はあると思います。
学校の外にもつながっていった
田代:探究学習での「主体的・対話的で深い学び」は、一般教科にも広がっていきました。教師が生徒に一方的に教える授業だけではなくて「生徒たちに必要な力」と「学校の将来」を考えて授業を展開する先生も増えてきたと感じます。
2019年には「教育イノベーションセンター」も開設しました。キャリア教育のみならず、科学探究授業や、ICTといった新しい時代の教育を取りまとめ、研修会を開いたり、授業改善をサポートしたりする部署です。
探究学習を通じて学外の人たちとの交流も増えました。他校の先生と友だちになったり、企業の方と知り合ったりと、つながりも増えていきました。
校内発表会の後には、懇親会で他校の先生や一般の方と親しくなりました。おかげで視察も増えて、コロナ前は年20件ほど来ていただいていたと思います。
ーー視察の対象は探究学習ですか?
田代:そうですね。
最近はICTも増えてきました。1人1台のiPadを導入して5年目ですが、ICTの公開授業を年に1回開き、本校の授業をよその学校の先生に見てもらっています。地域全体、日本全体で「新しい教育を一緒に考えましょう」と学び合いたくて開いています。それを取りまとめているのが、この「教育イノベーションセンター」なんですよ。
教育の目的は、生徒が変わること
ーー視察に来る先生の中には、探究学習の目指すものにまだ腹落ちしていない人もいると思います。「生徒は確かに面白がっているようだけど、何の効果があるんだろう」と。
田代:学校に限らずですが、私は「生徒の変容」が教育の目指すところだと思っています。「どう生徒が変わっているか」が一番大事だ、と。そういう意味では、もし教員が思ってもいなかった方向に生徒が行ったとしても、少なくとも生徒が成長して変わっているわけだから、それは怖がらなくていいと思います。
ーー「探究学習の手法を取り入れても結局、生徒の多くは消化不良のまま、目標に到達できず、失敗するのでは」という見方もありますが。
田代:「失敗じゃないの?」と思う先生は、「偏差値が伸びた」とか「大学に受かる」といったものを目標にしているのでしょうね。
でも、教育の目的を「生徒の変容」や「成長」に求めるのなら、僕は失敗じゃないと思っています。人間的に成長できていたら、いいんじゃないかと思うんです。
本校も私学なので、進学実績を無視できない部分は確かにあります。でも、最終的な目標は、進学のその先です。将来生きていくためのスキルだったり、コンピテンシーだったりを生徒が身に付けることだと思うんです。そういう意味では、生徒は皆、探究学習を通じて確実にその力が付いていると思います。
ーーなるほど。ある意味、大人のほうが問われている感じですね。
田代:そうですね、まさにその通りだと思います。
田代浩和:同志社大学英文学部を卒業後、大阪工業大学高等学校(当時)英語科教諭に。 2000年に進路指導部長に就き、2005年に「クエストエデュケーション」を導入。常翔学園高校のキャリアプログラム「常翔キャリアアップ・チャレンジ」を構築し、 キャリア教育を常翔学園の教育の中心にすえた。 その後も1人1台のiPadによるICT教育、科学探究授業ガリレオプラン、グローバル教育などを推進。教頭を経て2022年4月から同校校長に就任。
後編に続く
教育と探求社は5月2日、大阪営業所を開設いたしました。大阪をはじめとする関西四国各府県において、生徒が主体的で本質的な学びを行えるよう、学校や教育現場における探究学習の展開やサポートをより一層強化してまいります。所在地やごあいさつはこちらからご覧ください。
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