「他人の評価」→「自分が欲しいもの」視点を転換させたあの言葉
「思いもよらぬものが繋がることで、生きる喜びが溢れ出す新サービスを提案せよ」
このお題から、何を生みだす?高校生5人が考えた。
役に立つ。人のため。その「常識」からいったん離れたときに見えたものは。
大学生になったメンバー3人が振り返ります。
(一部敬称略)
立岡佑里華さん、竹田葵さん、柴田愛莉さんは、聖心学園中等教育学校(奈良県橿原市)の5年生(高2)だった2019年、カリキュラムの一環で、企業の社員と生徒がともに取り組む探究学習のプロジェクトに取り組んだ。
プログラムに参画している企業のひとつ、富士通から出されたお題(ミッション)はこんな内容だった。
「思いもよらぬものが繋がることで、生きる喜びが溢れ出す新サービスを提案せよ」
探究学習に全校規模で取り組むこの学校では、5年生が校内発表会で探究学習の成果を披露する。登壇し、堂々と発表する先輩たちの姿に憧れていたのが、佑里華さん。中学生の時から「自分もああなりたい」と思ってきた。だから5年生になると、さっそく「これは」と目を付けたクラスメイト4人を、一緒に探究学習に取り組むチームに誘った。
佑里華:とにかく発表のうまい子を集めたかった。愛莉は文化祭実行委員長をやっていて堂々として心強かった。金子君もそう。葵ちゃんの勉強での頑張りを見て。岸君は、パソコンなどのテクノロジー領域が得意。彼の冷静さも私には必要だった。
5人が取り組む探究学習プログラムの流れはこうだ。
①お題を出した企業の事業や理念を調べる。
②どんな商品やサービスを手がけ、どんな価値観を大事にしているのかを理解する。
③それらを踏まえ、社員のフィードバックを受けながら独自の商品を企画し提案する。
試行錯誤は当たり前。いったん決まったアイデアを捨て、別のものをイチから作り直すこともある。だが、いいものだったら、2月の探究学習の全国大会に出られる。佑里華たちと同じ探究学習プログラムを使っている各地の中高生・数千チームが応募する大きな大会だ。5人は最初から目標を「全国大会で1位になる」と定めた。
最初の発表の場となる9月の校内中間発表会まで残り3カ月。メンバーは早朝から学校に集まり、テーマを練り始めた。
が、しょっぱなから意見は割れた。
葵:楽しくてワクワクする企画と、現実味のある真面目な意見を取り入れた企画が提案されて、支持する意見も二つに割れました。私は「真面目」案寄りでしたが、「真面目」案も真面目すぎるし「ワクワク」案はぶっ飛び過ぎて、どっちも決め手に欠けてました。朝集まってもテンション低めでみんな黙ってしまうこともあって。「空気が悪いな」と思ったこともありました。
9月に入っても膠着状態が続いていた。迫る中間発表会。話し合いに疲れていたメンバーに、岸君が「オレ、こんなん考えてきた」と提案したのが第3の案「魔法の杖」だった。
「杖」を動かすと、メニューのアレルゲン情報が分かったり、照明が自動でついたりする「直観的な操作」がコンセプト。ワクワクと真面目のバランスもほどほど。5人全員が賛成し、ようやくテーマが決まった。
「魔法の杖」は、校内中間発表会でも「割と肯定的」(佑里華)な反応だった。本命の全国大会までに「魔法の杖」のコンセプトをさらに磨き上げていくつもりだったがーー。
「本当にこの商品が欲しい?」
11月、佑里華と愛莉は大阪に行き、探究学習プログラムに参加している富士通の社員から「魔法の杖」の企画のフィードバックを受けた。
企画を聞いた富士通の社員はこういった。
「この商品、君たちは本当に欲しいの?」
「自分が心の底から欲しいと思うものじゃないと、他の人も欲しいとは思わないよ」
2人はショックで頭の中が真っ白になった。
佑里華:端的にいえば「面白くない」と言われたんだと受け止めました。愛莉ちゃんと私は、これは考え直さなあかん、一からやり直しや。気持ちが固まりました。
愛莉:(魔法の杖を発案した)岸君がショックを受けないか、帰りの電車の中でずっと話してたのを覚えています。岸君はすごく「オトナ」でした。じゃあ変えよっか、と一言だけ。淡々としてました。
葵:むしろ他の4人の方が引きずっていたと思います。「魔法の杖」のコンセプトは続けられるだろう、と。
富士通社員の指摘を受け、メンバーはどこまでコンセプトを戻すかずいぶん話し合った。結果、企画は完全に「白紙」に戻った。
自問自答を可視化する
2月、5人は東京・池袋の立教大学にいた。
2847件の応募から選ばれた120チームだけが出場できる探究学習の全国大会「クエストカップ」。5人が練り直した企画は12月の校内発表会や1月の応募・審査を経て全国大会へ。さらにグランプリを決める最終選考に進んでいた。
観客を前に、佑里華がコンセプトを説明した。
「私たちが提案するのは、自問自答を可視化する商品を作ることです。名づけて"me to me”」
「この商品、君たちは本当に欲しいの?」の問いかけから再出発し、「自分が本当に欲しいもの」に正面から向き合うなかで生まれた企画だった。
愛莉:普段は人のためになりなさい、と言われてきた。(富士通の担当者から)「自分が心の底から欲しいと思うものじゃないと、他の人も欲しいとは思わない」と言われた時、最初はそれって自分勝手じゃないかって正直思いました。でも、確かに当たり障りのない、いろんな人にいいと思われるものをつくれば安牌だと無意識に考えていた。その核心をつかれた。
葵:悔しいけど、あの指摘はすごい当たってるな、とめっちゃ感じました。それまでは、困っている人を助けるという視点で商品開発してたかなあ、と。次は自分が欲しいものを追い求めようって。
“me to me”は、自分なりの答えを自分で見つけるための対話AIだ。「自分」を学習したAIとホログラムプロジェクターやヘッドフォンを通じて対話し「自問自答」を可視化する。岸君が技術に関する動向や知見を深堀りし、脳波から思考を読み取る最新の研究結果も反映した。
「思いもよらぬものが繋がることで、生きる喜びが溢れ出す新サービスを提案せよ」
こう示された富士通のお題に対し、“me to me”のコンセプトはこう位置づけた。
自分と自分という「思いもよらぬものが繋がる」ことで、自分で考えて進む力を育て、何かを達成し成長するという「生きる歓びが溢れ出す新サービス」だ、と。
佑里華:当時、わたしは自分自身のことやこれからの進路についていろいろ悩んでいて、チームができた6月ごろから、あれこれ考えてしまう自分の状況を『脳内会議だ』と周りに説明してました。悩みをもともと理解している自分と話すことで悩みの解決に繋げることができたら。そんな思いから「自分が心の底から欲しいもの」を追い求めた結果、思いついた商品でした。
葵:ちょうど高2で進路を悩む時期だったのもあって「確かにそれ、ぜったい欲しい」って思いました。
愛莉:邪魔が入らない、本当の答えを探すためのもの、というイメージです。他人に言われて、あれもいい、それもいい、では本当の答えにならないと思うんで。
あの日々を振り返る
“me to me”は、その年のクエストカップでグランプリを受賞した。それから3年。あの時、ひたすら没頭した日々を、20歳になったメンバーはこう振り返る。
愛莉:クエスト(探究学習)で脳みそが占領される日々でした。初めてそれしか考えない時間を過ごし、そこから一つのことを初めてやり遂げられた。何も決まってないし正解もない。だからこそ、いつまでも考え続けられたし、その過程も楽しかった。
葵:こんなに頑張ってるんやから、いけるんちゃう、と私は思ってましたけど、ほかのメンバーはそうじゃない。最後の最後まで思考を止めないんですね。ちょっとついていけないときもあったけど(笑)。学び続ける。考え続ける。ほんまにみんなすごい、見習わんと、と思います。
佑里華:大学でも挑戦してはいるけれど、まだクエスト以上の経験はできてない。一度味わってしまったあの楽しさ、苦しさを、いまも求め続けている自分がいる。仕事もそういう経験ができるようなことをしたい。また改めて自分と向き合い、自問自答して、この先の未来を探求し続けたいと思っています。
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